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pinto:

一枚の写真を見て感動で言葉が出なかった。
  それは、四月二十七日、被災地御激励の為、航空自衛隊松島基地に降り立たれた天皇皇后両陛下に正対して敬礼している君塚栄治統合任務部隊指揮官(陸上自衛隊東北方面総監)の写真だった。
  この光景は、マスコミは伝えていなかったと思う。私は、二十一日の行進出発前に初めて拝した。そして、行進中、顔は小雨に濡れるが、そこに感動で滲んだ涙も少々混ざっていた。感動は、行進中から一夜明けた今も続いている。
陸上自衛隊の迷彩の戦闘服を着て鉄兜をかぶった自衛官が、天皇皇后両陛下に正対して敬礼している。
これは、戦後六十六年間で、初めてのことである。
戦後とは何か。それは、日本を軍事占領した連合軍のGHQが日本占領基本法として残していった「日本国憲法」によって縛られた時代である。戦後体制とは日本国憲法体制なのだ。
従って、その「日本国憲法」九条によって、自衛隊は違憲とされ軍隊として扱われず日陰者の扱いを受けてきた。その結果、今まで、各地の災害救助活動においても、一番活躍する自衛隊の姿は故意に国民の目には触れないようにされていた。自衛隊の活動をマスコミが放映するようになったのはつい最近である。
十六年前の阪神淡路大震災においても、自衛隊が被災した人々を救出し支援する中心的活動を展開しているその現場において、「自衛隊は違憲だから支援を受けないで下さい」と書いたビラが配布されていたのだ。
そして、このビラをまいた者は今政府中枢に入り込んで出世している。驚くべきことである。しかし、これが、「戦後体制」即ち「日本国憲法体制」の姿、光景である。
しかし、本年三月十六日に天皇陛下は十一日の東日本大災害に際して、国民へのお言葉を発せられ、自衛隊を筆頭に置かれて余震のある危険な被災地における国民の救助、支援活動の労苦をねぎらい感謝の思いを表明されたのだ。
この天皇陛下のお言葉は、六十六年間で初めてのことである。そしてこのお言葉の前で、戦後の憲法九条体制は消え去っていたのだ。
このお言葉に接して私は、自衛隊を違憲とする戦後体制・憲法体制に悲憤慷慨して割腹自決した三島由紀夫を思い。「三島由紀夫の霊よ、来たりて喜べ」と心で言った。
さらに昨日、初めて、四月二十七日に松島基地で天皇皇后両陛下に正対して敬礼する自衛官の写真を見たのだ!
これは、東日本大震災という国難の中で、その被災地に顕れた戦後体制が既に終焉していることを示す象徴的な映像である。
これからは、この戦後体制の終焉を東北の被災地に顕れるだけに止めるのではなく、国政における国家体制の改革そして日本の再興に直結させていかねばならない。
これが、今生まれ会わしている全日本国民の歴史的責務だ。
天皇陛下に敬礼する統合任務部隊指揮官と日の丸行進「眞悟の時事通信」-★おつるの秘密日記 酒と薔薇と愛の日々★

pinto:

一枚の写真を見て感動で言葉が出なかった。

  それは、四月二十七日、被災地御激励の為、航空自衛隊松島基地に降り立たれた天皇皇后両陛下に正対して敬礼している君塚栄治統合任務部隊指揮官(陸上自衛隊東北方面総監)の写真だった

  この光景は、マスコミは伝えていなかったと思う。私は、二十一日の行進出発前に初めて拝した。そして、行進中、顔は小雨に濡れるが、そこに感動で滲んだ涙も少々混ざっていた。感動は、行進中から一夜明けた今も続いている。

陸上自衛隊の迷彩の戦闘服を着て鉄兜をかぶった自衛官が、天皇皇后両陛下に正対して敬礼している

これは、戦後六十六年間で、初めてのことである

戦後とは何か。それは、日本を軍事占領した連合軍のGHQが日本占領基本法として残していった「日本国憲法」によって縛られた時代である。戦後体制とは日本国憲法体制なのだ。

従って、その「日本国憲法」九条によって、自衛隊は違憲とされ軍隊として扱われず日陰者の扱いを受けてきた。その結果、今まで、各地の災害救助活動においても、一番活躍する自衛隊の姿は故意に国民の目には触れないようにされていた。自衛隊の活動をマスコミが放映するようになったのはつい最近である。

十六年前の阪神淡路大震災においても、自衛隊が被災した人々を救出し支援する中心的活動を展開しているその現場において、「自衛隊は違憲だから支援を受けないで下さい」と書いたビラが配布されていたのだ。

そして、このビラをまいた者は今政府中枢に入り込んで出世している。驚くべきことである。しかし、これが、「戦後体制」即ち「日本国憲法体制」の姿、光景である。

しかし、本年三月十六日に天皇陛下は十一日の東日本大災害に際して、国民へのお言葉を発せられ、自衛隊を筆頭に置かれて余震のある危険な被災地における国民の救助、支援活動の労苦をねぎらい感謝の思いを表明されたのだ。

この天皇陛下のお言葉は、六十六年間で初めてのことである。そしてこのお言葉の前で、戦後の憲法九条体制は消え去っていたのだ。

このお言葉に接して私は、自衛隊を違憲とする戦後体制・憲法体制に悲憤慷慨して割腹自決した三島由紀夫を思い。「三島由紀夫の霊よ、来たりて喜べ」と心で言った。

さらに昨日、初めて、四月二十七日に松島基地で天皇皇后両陛下に正対して敬礼する自衛官の写真を見たのだ!

これは、東日本大震災という国難の中で、その被災地に顕れた戦後体制が既に終焉していることを示す象徴的な映像である

これからは、この戦後体制の終焉を東北の被災地に顕れるだけに止めるのではなく、国政における国家体制の改革そして日本の再興に直結させていかねばならない。

これが、今生まれ会わしている全日本国民の歴史的責務だ。

天皇陛下に敬礼する統合任務部隊指揮官と日の丸行進「眞悟の時事通信」-★おつるの秘密日記 酒と薔薇と愛の日々★

本当は分かってる 2度と戻らない美しい日にいると
そして静かに心は離れてゆくと

(via tbcl) (via ak47)

美しさ

(via biccchi)

美しさと悲しみは背中合わせということを わずか2行で表現した傑作

年をとればとるほど染みる言葉。

(via wrigley) 2009-05-01 (via gkojay)

(via terako-ya) (via arkhamhpl)

(via edieelee)

(via kanpo0324) (via pipco) (via thinkupstudio)

(via reretlet)

(via pipipiyoyoyo) (via pipco) (via jamjamjam3)

821 :仕様書無しさん:2011/10/05(水) 19:43:45.22
韓国の会社と取引すると例えば、

日本「工場の機械と前金出す。毎月100円の
品物一万個を納品してくれ。不良品は0.5%以下にしてくれ。
毎月20日納品、代金は日本円で翌月末支払う。OK?」
韓国「まかせろ」
日本「今月の納品どうなった?」
韓国「代金と引き替えに納める」

日本「契約よくみろ、OKっていっただろ」
韓国「韓国では引き替えが常識だ」
日本「訴えるぞ」
韓国「機械をめちゃくちゃにして火をつけるぞ」

日本「それでも良い。その分も請求する」
韓国「明後日品物送る」
日本「はじめからそう言えよ」
韓国「こっちが譲歩したんだから、一個120円でひきとれ」
日本「引きとれじゃネェよ。そういう契約だし、その品物は
最初からうちに権利あるんだよ」

みたいな問答が365日の間毎日5往復で続く。

822 :仕様書無しさん:2011/10/05(水) 19:45:31.90
もう、それは単純に、契約を守らない。
その理由は嘘をつくと云うところに集約されるん。
でも、何年か付き合って判ったけれど
彼らには「嘘をついている」という日本人的な意味での
感覚って、無いんだよ。もちろん罪悪感もない。

ここの1さんも云ってたことだけど。
「ごねて得をするのならばごねるべきだ」っていう文化を
一番大きく解釈すると、日本側から見たとき「嘘つき」っていうのに
該当してしまう、という、あれは結果的な「嘘つき」なんだ。

でも、それに付き合ってると、胃に穴あくし、自殺したくなる。

韓国人の友人は良いやつも居る。
でも、韓国の会社と幸せなビジネスをしたことは一度もない。

ディベートという文化がない国だからな。

日本は階級で発言権が決まる国なんだよ。

○○省の○○課長が言ってるから
○○大学の○○教授が言ってるから
○○会社の社長が言ってるから

に意味があって、その人がほんとに正しいことをいってるか
どうかなんてのはどうでもいいんだよ。

現代日本では、かしこい若者ほど「問題に気付いているけれど何もできない自分」に自己矛盾を感じる。強烈な認知的不協和を抱えることになる。

そんな若者が、デモという「行動を起こした人」を見た。「俺は誰よりも問題意識が高いのに行動ができない」にもかかわらず「俺よりも問題意識の低そうな人たちが行動を起こした」

もしもこの若者が、自らの知見を活かしてデモを応援すれば、認知的不協和は解消される。が、デモを肯定してしまうと「いままで何もしなかった自分」を否定することになる。自己否定は誰だってイヤだ。だから批判の矛先を「すでに行動を起こした人」に向ける――デモの参加者を批判し、反デモを主張する。

まして世界は「分かりやすいヒーローと悪役の時代」を終えて、「名も無き個々の時代」になろうとしている。名も無き凡人たちであっても、ただ集まるだけでチカラを持つ:世界はそれを証明した。「なのに、なんで自分は行動をしなかったのだろう……」賢い若者たちの認知的不協和は膨らむばかりだ。

芸能人の義援金を「偽善だ!」と笑い、被災地へのボランティアを「どうせ異性が目的だろ」と貶める。これらもみんな認知的不協和の産物である。

「馴れ馴れしい」人は、こちらをこじ開けようとする。「親しみやすい」人は、自分をまず開く。その違いは大きい。
コトノハ - 馴れ馴れしい人が× (via yuria, rpm99) (via toukubo)
2010-04-23 (via yasaiitame) (via tokino09) (via hisame) (via takeori) (via mcsgsym) (via handa) (via shinoddddd) (via nemoi) (via oharico) (via jesuisunechatte) (via yudaimori) (via fishandmush) (via precall) (via hazki) (via ak47) (via jamjamjam3)
「君たちの時間は限られている。だから、誰かの人生を生きることで時間を無駄にしてはいけない。独断的な意見に惑わされ、誰かの思い通りに生きて行ってはいけない。誰かの意見に自分自身の声をかき消されてはいけない。そして最も重要なことは、自分の心と直観を信じて突き進む勇気を持つ事だ。心と直観はなぜだか、君が本当になりたいものをすでによくわかっているものだ。それ以外のことは全て二の次でいい。」
2005年:スタンフォード大学祝辞
「君たちの時間は限られている。だから、誰かの人生を生きることで時間を無駄にしてはいけない。独断的な意見に惑わされ、誰かの思い通りに生きて行ってはいけない。誰かの意見に自分自身の声をかき消されてはいけない。そして最も重要なことは、自分の心と直観を信じて突き進む勇気を持つ事だ。心と直観はなぜだか、君が本当になりたいものをすでによくわかっているものだ。それ以外のことは全て二の次でいい。」
2005年:スタンフォード大学祝辞